大浦天主堂[長崎]に行ってみました。

長崎の大浦天主堂に久しぶりに訪問しました。

 

10年ぶり位でしょうか。

 

やはり、大浦天主堂は歴史的価値も高く堂々としていました。

 

2015年は創建150年を迎えました。

 

長崎のシンボルとして誰もが知ってる教会です。

 

大浦天主堂の入り口に行くまでの道は石畳で、その両脇にお店がずらっと並んでいます。

 

ステンドグラスのガラス工房やカステラのお店など、個性的な異国情緒が味わえるお店です。

 

長崎は、異国情緒溢れる街で、本当に色々な国からの影響を受けていると言えます。

 

[スポンサーリンク]

歴史

 

はるか、大航海時代にその根本は発生しています。

 

その当時は、ポルトガル人の宣教師によって、キリスト教が日本に拡散され、
あなたもご存知の通り、鎖国と禁教令で異国人は長崎の出島のみの交流に狭められます。

 

その後、黒船の来航で日本もいよいよ自由貿易の流れになり、
その影響で開国を余儀なくされます。

 

幕末の坂本龍馬

 

時代の幕開けとなる混沌とした幕末は、坂本龍馬を始め、
日本が大きく変わるターニングポイントとなります。

 

大浦天主堂の悲劇とも言える、禁教令が発布されましたが、
信仰が深いキリシタンと呼ばれる信徒たちが、キリスト教を死守していきます。

 

大浦天主堂を中心に世界宗教史上の奇跡(信徒発見)とも言われます。

 

しかし、禁教は明治時代まで迫害は続きます。

 

西欧諸国は一斉に日本に対して非難を続け、
1878年(明治6年)にキリスト教は日本政府に黙認されることとなります。

 

大浦天主堂は、安政の条約に沿って、1865年に創建され、主にフランス人の教会として誕生します。

 

その後も、戦争などの悲惨な歴史を受け止め今に至っています。

 

本当に壮絶な歴史をまとった教会ですね。

 

大浦天主堂は、1864年に天草の小山秀之進が建設します。

 

小山秀之進はグラバー邸も建設しているんですね!

 

当時はフランス寺と呼ばれていたそうです。

 

[スポンサーリンク]

大浦天主堂

 

大浦天主堂に入ってみると、ステンドグラスが見えますが、
品のいい感じのステンドグラスですが、質素で荘厳な感じです。

 

説明が中々難しいですが、重さを感じるステンドグラスとなっています。

 

もう一つ、素晴らしいのがマリヤ像です。大浦天主堂の入り口の真ん中におられます。

 

 

真っ白なマリヤさま、頭に王冠を被っています。

 

このマリアさまは、1866年のある日、浦上の信者が大金を持ってきた事に始まります。

 

その資金で、プティジャン神父(大浦天主堂神父)が信徒発見の記念に、フランスから聖母マリアさまを取り寄せたとの事です。

 

お顔を拝見すると、あどけなさが感じられるようです。

 

美しいお姿だと思います。

 

大浦天主堂にあなたも是非、足を運んでみてください。

 

神々しい派手さはないですが、荘厳とした威厳のある教会だと思います。

 

ps:

大浦天主堂の裏から、グラバー園に行けますよ!

 

大浦天主堂にお寄りなった際には、教会出口を出て左後ろ奥に進んでみてください。

 

グラバー園の入り口と書いてありますのですぐにわかります。

[スポンサーリンク]